大阪地方裁判所 平成8年(わ)4192号 判決 1996年10月17日
裁判所書記官
秦眞由美
本籍
兵庫県姫路市同心町八番地
住居
同県芦屋市緑町二番芦屋緑(1)住宅三棟一〇二号
会社役員
名倉博
昭和二二年一一月一〇日生
右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官酒井徳矢出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役二年及び罰金一八〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、平成五年二月二六日に死亡した古川博一を被相続人とする相続税の申告に関与した者であり、古川博康は、古川博一の二男であり、古川博一の養子である古川泰成及び古川博一の妻である古川文枝とともに古川博一の財産を相続し、古川博康自身の相続税の申告及び古川泰成の代理人として同人の相続税の申告に関与した者であるところ、右古川博康、右申告に関与した道下貞彦、鈴木幸三及び岡本末隆と共謀の上、古川博康の相続税及び古川泰成の相続税を免れようと企て、被告人古川博康の相続財産にかかる実際の課税価格が四億五六一一万円(別紙1相続財産の内訳表参照)で、これに対する相続税額が二億五八二〇万五九〇〇円(別紙2税額計算書参照)であり、古川泰成の相続財産にかかる実際の課税価格が一三億五七七九万円(別紙1相続財産の内訳表参照)で、これに対する相続税額が七億六八〇五万一一〇〇円(別紙2税額計算書参照)であるにもかかわらず、古川博一が他から一二億円の債務を負担しており、古川博康及び古川泰成がそれぞれそのうち四億円ずつを承継したと仮装した上、平成五年一〇月二七日、兵庫県芦屋市公光町六番二号所在の所轄芦屋税務署において、同税務署長に対し、古川博康の相続財産にかかる課税価格が五六一一万円(別紙1相続財産の内訳表参照)で、これに対する相続税額が二八二五万九四〇〇円(別紙2税額計算書参照)であり、古川泰成の相続財産にかかる課税価格が九億六五六六万円(別紙1相続財産の内訳表参照)で、これに対する相続税額(別紙2税額計算書参照)が四億八五一五万四六〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、そのまま法定の申告期限を徒過させ、もって、不正の行為により、別紙2税額計算書記載のとおり、右相続にかかる古川博康の相続税二億二九九四万六五〇〇円及び古川泰成の相続税二億八二八九万六五〇〇円を免れたものである。
(証拠の標目)(括弧内の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する各供述調書(三一九ないし三二二)
一 分離前の相被告人古川博康、道下貞彦及び岡本末隆の当公判廷における各供述
一 古川博康(二九八ないし三〇四)、道下貞彦(三〇八ないし三一二、三一五)、鈴木幸三(三二七ないし三三一)、岡本末隆(三三六ないし三三八)、藤森智彦(二八九)、武地義治(二九〇、二九一)、大串恵子(二九二)、西角完二(二九三)、古川文枝(二九五)、古川直子(二九六)の検察官に対する各供述調書
一 査察官調査書(二八三ないし二八五)
一 証明書(二八一)
一 「所轄税務署の所在地について」と題する書面(二八二)
(法令の適用)
被告人の判示所為のうち、古川博康の相続税を免れた点は、平成七年法律第九一号(刑法の一部を改正する法律)附則二条一項本文により同法による改正前の刑法(以下「旧刑法」という。)六五条一項、六〇条、相続税法六八条一項に、古川泰成の相続税を免れた点は、旧刑法六五条一項、六〇条、相続税法七一条一項、六八条一項にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、旧刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として犯情の重い古川泰成の相続税ほ脱罪の刑で処断することとし、所定刑中懲役刑及び罰金刑の併科を選択し、かつ、情状により、相続税法六八条二項を適用して右の罰金の額はその免れた相続税の額に相当する額以下とし、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金一八〇〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、旧刑法一八条により金一五万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、古川博康、道下貞彦、鈴木幸三、岡本末隆と共謀の上、古川博康及び古川泰成の相続税申告手続に関与し、五億円余りもの多額の脱税を行ったという事案である。
そこで、まず、犯行態様についてみるに、本件は、相続財産に、被告人に対する一二億円もの架空の借入金債務を計上して課税価格の総額を過少に申告するという方法によって敢行されたものであるところ、被告人に対する架空の借入金債務を仮装するため、本件申告後、古川博康から被告人名義の預金口座に四億八〇〇〇万円を振込送金して、古川博康が被告人に対して相続した借入金債務の一部を返済したように装い、また、同和団体が税務署に対して圧力をかけられるとの認識から、脱税の発覚を防止し、発覚した際にも税務署に圧力をかけて摘発を免れるため、被告人が同和団体の幹部の肩書を持つ岡本から融資を受け、その融資金を被相続人である古川博一に融資したように装ったり、平和商工会を通じて本件の相続税申告を行うなど、犯行は計画的で大胆かつ巧妙なものである。さらに、ほ脱税額も五億円余りと高額であり、犯行は極めて悪質なものというべきである。
また、被告人の本件犯行への関与の態様についてみても、被告人は、鈴木から古川博康らの相続税の相談を受け、道下が脱税請負人であることを知りながら、鈴木及び古川博康に道下を引き会わせ、その後も、道下、古川博康らとの相続税申告についての話し合いに数回にわたって立ち会い、古川博康が最終的に道下提案による脱税方法を承諾した際には、古川博康に対し、道下提案に従うことに慫慂し、本件犯行に踏み切るのにいまだ躊躇していた古川博康の意思決定に重大な影響を与えたものであるさらに、被告人は、前記のとおり、架空借入金の貸主として名義を貸すなどしており、本件犯行において重要な役割を果たしたものと評価できる。
さらに、被告人は、本件脱税に関与したことにより、三〇〇〇万円もの多額の報酬を受領しており、しかも、これを古川博康に対して全く返還しておらず、今後も直ちに全額を返済することは困難といわざるを得ない状況にある。
以上のとおり、本件脱税の規模、態様、被告人の本件犯行への関与の態様、脱税報酬の受領状況等からすれば、被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ない。
しかしながら、本件で免れた相続税は、古川博康において、修正申告のうえ、全額が納付されることになっていること、被告人には、道路交通法違反による罰金前科一犯があるに過ぎないこと、被告人は、事実を素直に認めて反省し、受領した脱税報酬についても、今後少しずつでも返還するよう努力する旨誓約していることなど、被告人に有利な事情も認められる。
そこで、以上の事情を総合して考慮した結果、被告人には、主文の懲役刑及び罰金刑に処した上、懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると判断した。
よって、主文のとおり、判決する。
(裁判長裁判官 田中正人 裁判官 伊元啓 裁判官 渡部市郎)
別紙1
相続財産の内訳
総額
<省略>
古川博康分
<省略>
古川泰成分
<省略>
古川文枝分
<省略>
古川博康の課税価格(1000円未満切り捨て)の公表金額は56,110,000円、実際額は456,110,000円となる。
古川泰成の課税価格の公表金額は965,660,000円、実際額は1,357,790,000円となる。
古川文枝の課税価格の公表金額は1,021,296,000円、実際額は1,421,205,000円となる。
各相続人の課税価格の合計額の公表金額は2,043,006,000円、実際額は3,235,105,000円となる。
別紙2
税額計算書
古川博康
<省略>
古川泰成
<省略>
納付すべき税額は、100円未満切り捨て。